皆様、第一話、読んでくださりありがとうございます。
私のプライベートな部分を出すために、言わば補足的な要素で書き始めた子育てシリーズ
『クズなパパ』が一番反響あったwww
本来だったら二話からすぐ「子育て論」を書こうと思ったのですが(笑)
二話目は急遽、内容変更。
タイトルの通り「長男と本当に心通うまで」の長い期間の話をしたいと思います。
【たまにだから我慢してやるか】
そう、私は一話で話した通り「長男」とは物心つくまで、そして私が父親と認識してからもあまり積極的にコミュニケーションを取らずに過ごしていた。
一話を見てない人のために改めて簡単に言い訳を言うと、
・長男が産まれた頃はギャンブラー生活
・起業して多忙な仕事
・寝るときも起きた時もほとんど会わない
・私も仕事の過労とストレスで心がおかしくなっていた。
ってところです。
気付けば彼にとってもちろん「ママ」が100%
今思えば私が立ち入る隙間もあったのかもしれない。ただ私は、
「どうせ心は開いてくれないだろう」
「男は仕事で稼げばそれでいい」
と自分に思い聞かせ子育てに立ち入ろうとしなかった。
ただ長男が保育園の年長さんになる前までは仲が悪かったわけではない。
彼にとっては「パパはたまに遊んでくれる面白い人」
私の仕事が一段落する時期に妻に予定が入ると、二人きりになることもあった。
だがそれも一年にたった3回程度。
妻は私たちを二人きりにすることを心配もしていたのだろう。
自分の用事で息子を置いて出かけることはほとんどなかった。
見出しの通り、妻が単独で出かけるときも、とりあえずめちゃくちゃに泣いて、自分なりに諦めたら。
「たまには我慢してパパといる」
そして妻が帰ってきたらすぐ妻に戻っていく。
私の今までの長男への関わり方を考えると
「仕方ない」としかならない。
私と長男の距離が縮まることはなかった。
むしろ私よりも妻側の「じいちゃん」「ばあちゃん」への方が長男も懐いていた。
そうしてそのまま次男が誕生した。
次男の出産で妻が入院してる間は、長男は泣いて暴れてすごかった。
【長男への愛】
単純に愛情が足りてない?そうゆう部分が欠落している父親なのでは?
と思われるかもしれませんが、血を分けた息子です。
愛しているに決まっているじゃないですか。
ただ優先順位として「自分は所詮…」と思い込んでいたので。
例えば、家族3人のうち、二人しか命が助からないという状況がきたとしたら、私は余裕で息子と妻を選びます。
僕は死んでもどうなってもかまいません。
これは親として当たり前の感情ですが、その感情はもちろん当時からありました。
ちなみに長男は完全に、えっ!ってぐらい。
私にそっっっくりです!(笑)
産まれた瞬間に「ちっちゃい私」が出てきたと誰もが思うほどに。
その後も順調に私に近づきながら成長しております。(笑)
もう一度言います、私は長男が生まれてから今まで、そしてこれからも。
ずっと愛しています。
【近寄らないで】
そして長男が年長。次男が2歳になるころ。
長男はより一層パパを拒絶します。
私がコミュニケーションをどれだけ取ろうとしても、
「近寄らないで」「あっち行って」
特にそれのきっかけとなる大きな出来事は何もなかったんですけどね~。。。
しいて言うなら、まだ小さい次男に手がかかることを長男はどこか面白くない部分があり、より一層ママへの独占欲が強くなったのです。
以前が「ママ100%」だとしたら、この年長さんからは「ママ150%」
という状況ですね。
わたしが普通に妻とお喋りしていても、長男は邪魔しに入ってきます。(笑)
私たち夫婦は「これは仕方がないことだから、時間が解決する」
とゆう風に考えていました。
言うまでもないですが、こういう長男なので必然的に次男は生まれた時からパパが時間をかける割合が多く、勝手に懐いていました(笑)
次男が生まれた頃からですかね。
私の「子育て」がちゃんとスタートできたのは。
そして挙句の果てに、保育園を卒園した記念に妻と長男は私と2歳の次男を置いて、
「東京ディズニーランド旅行」へ3泊4日ほど行ってしまいました。(笑)(笑)(笑)
それでも次男は泣き言一つ言わずに私にくっついていて。
もうたまらないぐらい可愛かった!!(笑)
【入院】
その後まもなく小学生に上がった長男は病気で2か月ほど入院してしまいます。付き添うのはもちろんママ。
より一層次男と私の仲が深まります(笑)
でもこの時はしばらく長男の病名がはっきりせずに高熱が出続け、本当に心配でした。
無事に治療方法が判明し、退院できると決まった時にはもう…泣きました。
私も仕事の合間を縫ってほぼ毎日面会に行っておりました。
私が住む町の隣の市にある大学病院に入院していたので同じ病棟にも子供たちだらけ。
たくさんの入院している子供たちを見ました。
保育園、学校に通えること、体に障害がないことが当たり前ではない。
「健康」というものの有難さ、身に沁みました。。
そうして無事に退院し体力も戻ってきた長男は、本人の強い希望で野球を習うことになりました。
【やっと仲良くなれたね】
いやー、7年かかりました。(笑)
体も心も成長し、野球をはじめとするスポーツが大好きな彼はこう思ったのでしょう。
「だんだん僕の遊びにママがついてこれなくなってきたな…」
「キャッチボールしてもパパのとの方が楽しいな」
やっと!長男にパパの需要が!!
今までの男の子っぽい遊びはパパに懐いていなかったということで、ママがこなしていました。
長男が男の子に成長していき、自分の遊び相手をパパに変更してくれました!!
「ご指名ありがとうございます!!」「パパです!!」
私は嬉しくて嬉しくて、ここぞとばかりにキャッチボール、バッティングセンター、公園で体を動かし、スイッチとゲームソフトを与え、プロ野球の観戦にも行きました。
もちろんママっ子なのは今でも変わらずですが、状況によってパパに頼る部分を使い分け、寝るときもたまーにはパパにくっついて寝ます。
部屋も別で寝ていたあの頃…
長男とベタベタすることをなくこのまま終わってしまうのか……と思っていました。
まさかの小学生になりベタベタしています(笑)
来年からもう4年生ですが変わらずベタベタしています(笑)
「大学4年生までパパと一緒にお風呂入る!」
なーんて今は言ってくれてます!(笑)
こうして、私は長男の父親になれました。
この度はこの記事を読んでいただき本当にありがとうございました。
次回は【怒らないパパの子育て】を記事にしたいと思ってます。
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